東京高等裁判所 昭和58年(行ケ)197号 判決 1985年12月24日
原告 永井清治
被告 神奈川県選挙管理委員会
補助参加人 渡井正見
主文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実
第一当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨
1 被告が昭和五八年九月一六日にした昭和五八年四月二四日執行の神奈川県綾瀬市議会議員選挙における当選の効力に関する審査請求に対する裁決はこれを取り消す。
2 右選挙における当選人渡井正見は当選の効力を失う。
3 訴訟費用は被告の負担とする。
二 請求の趣旨に対する答弁
主文同旨
第二当事者の主張
一 原告の「請求原因及び主張」
1 昭和五八年四月二四日に神奈川県綾瀬市議会議員選挙(以下「本件選挙」という。)が行われ、原告はその選挙人である。
本件選挙における当選人渡井正見は、同月二五日に綾瀬市選挙管理委員会から当選の告知を受けたものであるが、同人は右告知を受けた後、公職選挙法(以下「公選法」という。)一〇四条に規定する五日以内に同条に規定する関係を有しなくなつた旨の届出をしなかつたものである。
2 原告は、本件選挙における当選人渡井正見は、綾瀬市の指定金融機関である綾瀬市農業協同組合(以下「市農協」という。)の代表権を有する理事であるから、地方自治法(以下「自治法」という。)九二条の二に該当するので、公選法一〇四条によりその当選を失つたとして、同年五月九日綾瀬市選挙管理委員会に異議の申出をしたが、同年六月二〇日同委員会は右異議申出を棄却する旨の決定をした。そこで原告は、さらに被告神奈川県選挙管理委員会に対し同月二九日審査の申立てをしたが、被告委員会は同年九月一六日この申立てを棄却する旨の裁決をし、同裁決書は同月一九日原告に交付された。
3 右裁決(以下「本件裁決」という。)の理由は次のとおりである。
(一) 調査の結果、市農協が自治法二三五条による綾瀬市の指定金融機関であり、渡井正見が本件選挙の当選告知日に同組合の理事であつたこと、渡井正見からの公選法一〇四条の届出がなかつたことが認められる。
(二) 市農協は、綾瀬市との請負関係にある法人に該当するが、自治法九二条の二の「主として同一の行為をする法人」とは、単に請負関係を有するだけではなく、その請負が当該法人の業務量の主要部分を占めなければならないところ、綾瀬市との取扱業務高、貯金高、貸付高及び全業務高等を綜合的に考慮して判断すると、市農協の業務においては、綾瀬市との請負業務が主要部分を占めるものではないから、市農協は自治法九二条の二に規定する「主として同一の行為をする法人」には該当しない。
4 しかしながら、被告委員会のした本件裁決には、次のとおり法令の解釈に誤りがあり、かつ審理不尽・事実誤認がある。
(イ) (法令の解釈の誤り)
(一) 公選法一〇四条による自治法九二条の二の立法趣旨は、住民の代表者たる議会議員は当該地方公共団体との関連においては公明正大でなければならず、地方公共団体と請負関係にある者が、その団体の議決機関として当該自治体が請負契約を締結するにつき、その同意・議決に参与することは、公正な職務の執行が妨げられ、議会の運営に重大な支障をきたし、住民の利益を損なうことからして法がこれを禁止しているものである(昭和三二年一二月三日最高裁第三小法廷判決等)。
(二) 自治法九二条の二にいわゆる「主として同一の行為をする法人」とは、同条前段の個人の「請負」の規定からも、法人についてはその請負が当該法人の業務量の主要部分を占めなければならないなどの解釈は許されず、右の業務量の多寡は問題とされるべきではない。
けだし、法人にあつては多くの事業目的を設けることは極めて容易であり、特にいわゆる商社業務を目的とすれば容易に請負量を希薄させることができ(業務量総額の水増し)、法を免れることを助長せしめ、請負のみを専業とする法人(個人を含む)に比し衡平を欠き、憲法一四条にもとることになるからである。
(三) 仮に被告委員会がいうように、「主として同一の行為をする法人」に該当するためには、単に請負関係を有するだけではなく、その請負が当該法人の業務量の主要部分を占めなければならないとすれば、その業務量としては、多目的を有する法人については、その直接関連部門に限つて、その業務量と請負量との比較が問題とされねばならない。
市農協は、農業協同組合法(以下「農協法」という。)にその設立の根拠を有し、その行う事業によつてその組合員のため最大の奉仕をすることを目的として(八条)、事業が一号ないし二二号の多きを数えるが、その一四号において「地方自治法による神奈川県・綾瀬市の公金の取扱いに関する事業」が規定されているのであるから、この部門につきその業務量と請負量との比較をすべきである。
(四) また、仮に被告委員会の右主張を前提として、本件において、市農協の業務量に占める綾瀬市との請負関係にある業務量の比率を算定し判断することが相当であるとしたときには、農協法に特にその業務量についての制限があることを考慮しなければならない。
すなわち、同法一〇条八項にいわゆる組合員の事業の利用分量の五分の一を超えてはならないとの規定である。
昭和二五年九月四日地方自治庁次長通知(発連第四九六号・各都道府県知事宛)によれば、農業協同組合等の金庫事務取扱いについての意見として、「農協法一〇条一項の事業範囲は限定列挙的規定であるので、地方公共団体の金庫事務については同項一二号の前各号の業務に当然附帯する事業と解されるかどうかについては直ちに判定しえないが、一応附帯事業と考えられるとしても、前述の利用分量の制限があるので、その限定内で金庫業務が取り扱われなければならないので、この限度をこえないことが明確であるような町村が金庫業務を組合におこなわせることはあり得ても、都道府県、大都市等のごときにおいては、右の制限をこえる場合が予想されるので金庫業務が円滑に遂行されるとは思われない。」とし、「地方公共団体の金庫の本質は、公金出納の確実迅速を保証することにあるので、金庫業務を委託する者の選択については充分配意ありたい。」旨申し添えている。
したがつて、仮に被告のいうように比率算定の方式によるものとしても、法の許容量五分の一を被告主張の金額にあてはめ算定すると、別表第一および別表第二のとおりであり、これは被告自らが「主として同一の行為をする法人」に明らかに該当すると解される旨主張する「一般的に当該法人の当該地方公共団体に対する請負が全業務量の過半を占めるような場合」に当たること明らかである。
(五) 金融機関における公金取扱業務として、指定金融機関・指定代理金融機関・収納代理金融機関(自治法施行令一六八条)の三種があるが、特に他の二機関を総括(同施行令一六八条の二)する指定金融機関については、金融機関の指定競争がはなはだしく、これがため、昨今では兵庫県下における贈収賄等の刑事々件すら発生していることなどに示されるように市民不在の行政が横行している。
ちなみに、当選人渡井正見は、現在いわゆる議会選出の監査委員として、自らが代表である綾瀬市の指定金融機関たる市農協の公金事務の執行等につき調査等の職責をになつているものである。
(ロ) (審理不尽・事実誤認)
(一) 自治法九二条の二は、「当該普通地方公共団体に対し請負をし、若しくは当該普通地方公共団体において経費を負担する事業につき」請負をすることが主たる業務である法人の役員となることをも一括して禁止しているが、これは法人については、主として当該普通地方公共団体に対して請負をする法人及び主として団体が経費を負担する事業につきその団体の長に対して請負をする法人の二つを含むものである。そして、これは請負の相手方(即ち団体及び団体が経費を負担する事業につき団体の長)をも含めて示したものである。
(二) ところで、綾瀬市土地開発公社(以下「土地公社」という。)は、公有地の拡大の推進に関する法律(以下「公拡法」という。)一〇条二項の規定に基づき、昭和四八年三月三一日に神奈川県知事の認可を受け、同法一一条に基づき設立された独立の法人である。
綾瀬市学校建設公社(以下「学校公社」という。)は、民法三四条の規定に基づき、昭和四九年六月一日に神奈川県教育委員会委員長の許可を受け、設立された財団法人である。
(三) そして、土地公社は、綾瀬市役所に事務所を置き、同市助役(見上和由)が市長より任命され、同市全額出資の特殊法人であり、また、学校公社は、綾瀬市役所に事務所を置き、同市教育長(塚越正義)、収入役(早川新吾)、総務部長、財政部長、用地課長等理事全員が市吏員であり、資金はすべて綾瀬市が出資し、「綾瀬市が行う学校教育施設の整備を推進するため校舎の建設、学校用地の造成その他学校教育施設の整備を行い、もつて綾瀬市の教育環境の改善及び向上に寄与することを目的とする」法人で、その経費は全額綾瀬市がこれを負担しているものである。
(四) したがつて、仮に被告委員会が主張するように、「主として同一の行為をする法人」に該当するためには、その請負が当該法人の業務量の主要部分を占めなければならないとしても、本件において、市農協の業務量に占める綾瀬市との請負関係にある業務量の比率を算定し、判断するにあたつては、単に当該年度における市農協の綾瀬市に対する貸付高と、市農協の貸付金の総額とを比較するのみでは足りず、市農協の綾瀬市に対する貸付高に土地公社及び学校公社に対する各貸付高を加算して、これと市農協の貸付金の総額とを対比すべきである。
(五) そこで、市農協作成の「貸付金の総体及び綾瀬市の貸付金残高の内訳」と題する書面(乙第二号証の二)によれば、昭和五六年度(昭和五七年二月二八日現在)における市農協の、土地公社及び学校公社を含む綾瀬市関係に対する貸付金の合計は三五億四〇七〇万七三一四円、昭和五七年度(昭和五八年二月二八日現在)におけるそれは三三億九六二八万四九八二円であるから、これらの額と、市農協の各年度における貸付金の総額との比率を算定すれば、昭和五六年度の比率は三六・七五パーセント、同五七年度の比率は三五・三九パーセントとなる。
(六) しかるに、被告委員会は、市農協の土地公社及び学校公社に対する各貸付けの事実などを看過し、土地公社及び学校公社に対する各請負業務量について審理を尽くさず、単に、市農協の綾瀬市に対する昭和五六年度の貸付金三億八八九七万三四四一円、同五七年度の貸付金三億九二三九万七三七六円と、各年度における貸付金の総額との比率のみを算定し、昭和五六年度の比率四・〇四パーセントと同五七年度の比率四・〇九パーセントを導き出し、これらが各年度における市農協の綾瀬市関係に対する貸付金と、貸付金の総額との比率であると誤認した結果、市農協の全業務量に対する綾瀬市関係の請負業務の比率が低いので、市農協は「主として同一の行為をする法人」には該当しないと判断したものである。
5 以上のように、被告委員会の本件裁決には、法令の解釈に誤りがあり、かつ審理不尽・事実誤認があるので、原告は、本件裁決の取消しと、公選法一〇四条により、当選人渡井正見は当選の効力を失う旨の裁判を求める。
二 被告の認否及び主張
(認否)
1 原告の「請求原因及び主張」1ないし3の各事実はいずれも認める。
2 同4の(イ)(法令の解釈の誤り)の(三)のうち、市農協がその主張のような目的を有する農業協同組合であること、同(五)のうち、金融機関の公金取扱業務がその主張のように三種類あること及び当選人渡井正見がその主張のような職責を有する綾瀬市監査委員になつていることはいずれも認めるが、被告の本件裁決に原告主張のごとき法令の解釈の誤りがあることは争う。
同4の(ロ)(審理不尽・事実誤認)の(二)の事実、同(三)のうち、土地公社及び学校公社がいずれも綾瀬市の全額出資によつて設立されたことはいずれも認めるが、被告の本件裁決に原告の主張するような審理不尽・事実誤認があることは争う。
3 同5の主張は争う。
(主張)
1 自治法九二条の二に規定する「主として同一の行為をする法人」の解釈については、問題となつている時期に接着する既往の業務実績により、おおむね当該法人の業務量の主要部分が当該地方公共団体に対する請負で占められているものを意味するものと解することは、判例上も確定されている(昭和五一年一二月二〇日高松高等裁判所判決等)。
2 原告は、農協法一〇条八項の規定を根拠に、市農協の綾瀬市との関係が自治法九二条の二の「主として同一の行為をする法人」に該当するというが、農協法の組合員外への利用量制限規定は、組合の本来目的である組合員への奉仕を逸脱させないためのものであり、これを自治法の解釈に及ぼすことは、全く法令解釈を誤つたものである。
なお、農協法一〇条一一項において、営利を目的としない法人(地方公共団体等)に対しての同条一項二号の事業(貯金又は定期積金の受入)の適用については、営利を目的としない法人は組合員とみなされ、また、地方公共団体に対する資金貸付については、同条一〇項が適用されるので、同条八項の適用はなく、市農協業務における綾瀬市との請負業務については、農協法一〇条八項を適用する余地は全くなく、この面においても原告の主張は法令解釈を誤つたものである。
また、原告が、その「請求原因及び主張」4の(法令の解釈の誤り)の(四)において援用する昭和二五年九月四日付け地方自治庁次長通知は、昭和二九年に農協法が改正され、地方公共団体に対する特例規定が制定される以前のものであつて、本件に適切でない。
3 自治法九二条の二に、いわゆる「普通地方公共団体の議会の議員は、当該普通地方公共団体において経費を負担する事業につき、その団体の長、委員会若しくは委員若しくはこれらの委任を受けた者に対し請負をする者又は主として同一の行為をする法人の役員たることができない。」とは、当該地方公共団体の事業ではなく、例えば国の事業の実施について、当該地方公共団体の長、委員会、委員やその委任を受けた者が、国の機関として請負契約の当事者となる場合であつても、その事業の経費を当該地方公共団体が負担するものであれば、議員としてその請負契約の相手方又は相手方の法人の役員となつてはならないとするものであつて、契約の一方当事者は、普通地方公共団体の長、委員会、委員あるいはその委任を受けた者である場合に限られ、右以外の者が契約当事者となる場合を含まないものとされている(東京高等裁判所昭和五二年一〇月四日判決、昭和四九年(行ケ)第一三七号当選無効事件)。
したがつて、普通地方公共団体が、たまたま別人格の法人に対し、その一部経費を負担している場合であつても、その別法人と当該議員あるいは、その議員が役員をする法人との間で成立する請負契約については、全く本条に該当せず、当該議員は本条の関係私企業からの隔離規定違反には当たらないものである。
4 これを本件についてみるに、土地公社及び学校公社は、確かに綾瀬市の全額出資によつて設立された法人であるが、その事業は各その法人の機関によつて運営され、その事業経費は各公社独自の資金計画によつており、その資金の主たるものは、各その公社の資産売払収入(公社の造成・建設した土地及び建物の売払収入)並びに金融機関からの借入金であつて、綾瀬市からの補助金によつているものではなく、両公社はいずれも綾瀬市とは別人格の法人である。
したがつて、仮に土地公社及び学校公社が綾瀬市からその経費の一部の補助を受けているとしても、右のとおり両公社は綾瀬市とは全く別人格の法人であるから、自治法九二条の二所定の請負契約の当事者とはなり得ず、右両公社と市農協との契約を目して同条の二に該当するというがごとき原告の主張は、全く同条の二を正解しない謬論というほかない。
5 以上のとおり、被告委員会のした本件裁決に、法令の解釈の誤りはなく、かつ審理不尽・事実誤認もないから、原告の主張は失当であつて、その請求は棄却されるべきである。
三 原告の反論
1 被告の主張2の冒頭掲記の意見は、極めて特異なものである。通説によれば、例えば、自治法二三五条(金融機関の指定)の解釈として、「本条の規定は、金融機関に公金の収納又は支払のための能力を特別に付加するものではない。金融機関には業務量に一定の制限が設けられているものがあり(例えば農協法一〇条八項のごとし)、その業務上の制約は、そのまゝ公金の収納又は支払の事務の取扱いの制約となることに注意を要する」とされている。
2 たしかに被告の主張4のごとく、土地公社及び学校公社は、綾瀬市とは全く別の法人格を有しているが、次の諸点に照らし、その実態は綾瀬市と同一であるから、自治法九二条の二所定の当事者となり得ることに疑問の余地はない。
すなわち、綾瀬市においては、自治法二四三条の三第二項(財政状況の公表等)の規定に基づき、毎事業年度、両公社の経営状況を説明する書類を作成し、議会に提出し、議員の質疑に対しては、土地公社については理事長たる市助役が、学校公社については理事長たる市教育長が、それぞれ自治法一二一条による説明員として答弁を行つており、しかも、前記のとおり両公社の経費等は、全額綾瀬市がこれを負担しているものである。
また、公拡法一〇条により綾瀬市が全額出資により土地公社を設立し、その役員及び職員はすべて市の吏員で、市役所がその事務所であり、同法二五条により綾瀬市が土地公社の債務につき保証していればこそ、市農協が安心して融資することができ、その額についても、法定の枠をはるかに超えた額が綾瀬市と同一体であるとの認識があればこそできるのである。
学校公社については、土地公社とは法律上の根拠を異にする民法法人ではあるが、これまた土地公社と全く同じであり、その役員及び職員は全員市の吏員で、市役所に事務所を設け、経費もすべて市の負担であり、これまた市農協が綾瀬市と同一であるとの認識により法定外融資を行つているものである。
第三証拠<省略>
理由
第一 原告の「請求原因及び主張」1(本件選挙の執行、原告が選挙人であること、当選人渡井正見が公選法一〇四条所定の届出をしなかつたこと)、同2(本件裁決に至る経過等)、同3(本件裁決の理由)の各事実は、いずれも当事者間に争いがない。
第二 そこで、被告委員会のした本件裁決に、原告の主張するような法令の解釈の誤り、審理不尽・事実誤認があるか否かにつき判断する。
一 法令の解釈の誤りについて
1 原告の「請求原因及び主張」4の(イ)(法令の解釈の誤り)の(三)のうち、市農協がその行う事業によつてその組合員のため最大の奉仕をすることを目的とする農業協同組合であること、同(五)のうち、金融機関の公金取扱業務が指定金融機関、指定代理金融機関、収納代理金融機関の三種類あること、当選人渡井正見が綾瀬市の指定金融機関たる市農協の公金事務の執行等につき調査等の職責を有する綾瀬市監査委員になつていることは、いずれも当事者間に争いがない。
2 いずれも成立に争いのない乙第二ないし第四号証の各二、三、第二号証の四、五の各二によれば、市農協の昭和五六、同五七年度における信用事業(資金の貸付け、貯金又は定期積金の受入)の業務実績のうち、貯金残高の総額及びそのうち綾瀬市の貯金残高、貸付残高の総額及びそのうち綾瀬市に対する貸付残高は、それぞれ別表第1記載のとおりであること、同じく市農協の右各年度における信用事業の業務実績のうち、取扱業務高の総額及びそのうち綾瀬市に対する取扱業務高は、別表第2記載のとおりであること、市農協の右各年度における信用事業以外の業務(共済・購買・販売等の各事業)の収益額は、別表第3記載のとおりであることが認められ、右認定に反する証拠はない。
しかるところ、自治法九二条の二にいう「請負」とは、同条の二の後記法意にかんがみ、民法六三二条所定の請負ばかりでなく、ひろく業務として行われる経済的ないし営利的な取引契約であつて、一定期間の継続性を有するものを含むと解されるので、市農協の綾瀬市に対する前記信用事業、すなわち市農協の綾瀬市に対する資金の貸付け及び綾瀬市からの貯金又は定期積金の受入は、いずれも右にいう「請負」に該当するものというべきである。
3 ところで、自治法九二条の二は、普通地方公共団体の議会の議員が、当該地方公共団体が請負契約を締結するにつき議決等に参与すること等により直接間接に事務の執行に関与するものである以上、議会運営の公正を保障し、事務執行の適正を確保するために、当該地方公共団体との間で請負関係に立つことを禁止しようとするものであるから、同条の二にいう「主として同一の行為をする法人」とは、「主として同一の行為をする法人」とのその文言及び同条の二の右法意に照らし、普通地方公共団体に対する請負、若しくは普通地方公共団体において経費を負担する事業につきその団体の長等に対する請負が、当該法人の全業務の主要部分を占めるものを指すと解するのが相当であり、また、右の主要部分を占めるか否かの判断は、同条の二所定の請負関係を有するか否かを決すべき時期に近接する当該法人の既往の業務実績により、右の請負金額と当該法人の全業務量を金額に換算したものとの比率等によつて個々具体的にされるべきである(本件についての具体的判断は後記三説示のとおり)。
したがつて、原告の「請求原因及び主張」4の(イ)(法令の解釈の誤り)のうち、(二)、(三)の各法的主張は、いずれも採用することができない(なお、請負のみを専業とする法人とそうでない法人との間には、普通地方公共団体の議会の議員が、当該地方公共団体(若しくはその団体において経費を負担する事業につきその団体の長等)に対し請負をする法人の役員等に就任している(又は個人として請負をする)ことによる、前記議会運営の公正ないしは事務執行の適正に対する影響性の度合いに自ずと事の自然に即した差異があるから、その間に具体的取扱いの相違が生じたとしても、それは事理に即し合理的根拠に基づくものというべきであつて、叙上説示のような解釈が憲法一四条にもとるということはできない。)。
4 次に、原告は、市農協の業務量に占める綾瀬市との請負関係にある業務量の比率を算定する場合には、農協法一〇条八項ただし書の制限があるので、市農協の全業務量とではなく、その五分の一の量と比較されなければならない旨主張する(前記(法令の解釈の誤り)の(四))。
しかし、農協法一〇条八項ただし書は、組合の本来の目的である組合員のための最大の奉仕を逸脱させないために、組合員以外の者の事業の利用分量の額を制限したものであり、その制限を、立法趣旨の異なる自治法九二条の二所定の「主として同一の行為をする法人」の解釈に及ぼすことは相当ではない。
のみならず、農協法一〇条一一項の規定によれば、同条一項二号の事業(組合員の貯金又は定期積金の受入)の利用に関する八項ただし書の規定の適用については、営利を目的としない法人(地方公共団体を含むものと解される。)は組合員とみなされ、また、組合の地方公共団体に対する貸付については、別に同条一〇項の規定があり、同条八項ただし書の規定の適用を排除している。
そうすると、自治法九二条の二所定の「請負」にあたると解される、市農協の綾瀬市に対する前記信用事業について、農協法一〇条八項ただし書の規定の適用を云々すべきものではないから、右ただし書の適用を前提として前記比率算定に及んだ原告の前記主張は、その余の点につき判断するまでもなく失当であつて、採用できない。
5 よつて、被告委員会の本件裁決に、原告の主張するような法令の違反は存しない。
二 審理不尽・事実誤認について
1 原告の「請求原因及び主張」4の(ロ)(審理不尽・事実誤認)のうち、(二)の事実(土地公社及び学校公社の設立等)、(三)のうち、両公社がいずれも綾瀬市の全額出資によつて設立されたことは、いずれも当事者間に争いがない。
2 ところで、原告は、土地公社及び学校公社の事業が、いずれも自治法九二条の二所定の「当該普通地方公共団体において経費を負担する事業」に該当すること、ないしは土地公社及び学校公社がいずれも普通地方公共団体たる綾瀬市とその実態において同一であることを前提として、本件において、市農協の業務量に占める綾瀬市との請負関係にある業務量の比率を算定するにあたつては、たとえば貸付金に限つてみれば、市農協の綾瀬市に対する貸付高に土地公社及び学校公社に対する各貸付高を加算して、これと市農協の貸付金の総額とを対比すべきであるにもかかわらず、被告委員会のした本件裁決は、市農協の土地公社及び学校公社に対する各貸付高等について審理を尽くさず、この点に関する事実を誤認したものである旨主張する(原告の「請求の原因及び主張」4の(ロ)(審理不尽・事実誤認)の(一)ないし(六)、原告の反論2)。
3 しかしながら、自治法九二条の二にいう「当該普通地方公共団体において経費を負担する事業」とは、普通地方公共団体の事業ではなく、国等の機関委任事務において法令等の規定により当該普通地方公共団体が経費を負担する事業を指すものと解すべきであり、また、その事業について請負の相手方は、「普通地方公共団体の長、委員会若しくは委員若しくはこれらの委任を受けた者」に限定されており、右以外の者は含まれないのである。
してみれば、土地公社及び学校公社がいずれも右にいう請負の相手方でないことは明らかであるから、市農協と両公社との間に、資金の貸付けや貯金の受入等の取引関係があつたとしても、右の取引関係は、そもそも自治法九二条の二の規定の適用のらち外にあるといわざるを得ない。
4 次に、土地公社及び学校公社の実態等についてみるに、前記1の争いのない事実に、証人塚越正義、同栗原三郎の各証言、原告本人尋問の結果を総合すれば、土地公社及び学校公社は、いずれも綾瀬市の全額出資によつて設立されたこと(この点は当事者間に争いがない。)、土地公社は、綾瀬市に代わつて公共用地(市道用地等)の先行取得等を目的とするものであり、昭和五八年当時、綾瀬市役所の用地課に事務所を設け、理事長には綾瀬市助役が就任し、その職員は同時にすべて綾瀬市の職員であつたこと、土地公社が用地の先行取得を行うための資金は、従前より大部分が市農協からの無担保の借入れによつていたこと、土地公社は、その先行取得した土地を後日綾瀬市に対し、右取得費に前記借入金の金利負担分を加算した価額で譲渡していたこと、そして、地価の急騰している昨今、綾瀬市の一般会計予算の制約を離れて、公共用地を早期に取得・確保しうる機能を果たしていること、同様に、学校公社は、学校用地の先行取得、校舎の建設等を目的とするものであり、綾瀬市教育委員会の中に事務局を設け、理事長には綾瀬市教育長が就任し、その職員は同時にすべて綾瀬市の職員であること、学校公社が用地の先行取得、校舎の建設等を行うための資金は、銀行や市農協等からの無担保の借入れによつていること、学校公社は、その先行取得した学校用地を造成して校舎を建設し、後日綾瀬市に対し、これらの取得費、造成費、建設費に前記借入金の金利負担分を加算した価額で譲渡していたこと、そして、綾瀬市の予算を一度に多額の支出をせず、分散して有効利用し、人口急増地帯において早期に教育施設を確保し、教育の用途に供しうる機能を果たしていることが認められ、右認定に反する証拠はない。
しかしながら、土地公社が公拡法一〇条二項の規定に基づき、昭和四八年三月三一日神奈川県知事の認可を受け、設立された法人であり、学校公社が民法三四条の規定に基づき、昭和四九年六月一日同県教育委員会委員長の許可を受け、設立された財団法人であることは、いずれも前記1のとおり当事者間に争いがなく、また、前顕採用各証拠と弁論の全趣旨によれば、土地公社及び学校公社の事業は各法人の機関によつて運営され、その事業経費は各公社独自の資金計画によつており、その資金の主たるものは、各公社の資産(造成・建設した土地及び建物)売払収入並びに金融機関からの借入金であると認められるから、叙上認定の土地公社及び学校公社の目的や機能、人的構成、仕組み等を考慮しても、土地公社及び学校公社は、その形式上も実質上も、綾瀬市とは別個独立の法人であり、自治法九二条の二の適用の関係において、その実態が綾瀬市と同一であるということはできない。
5 そうとすれば、原告の前記主張は、その前提において、いずれも採用するに由なきものであるから、その余の点について判断するまでもなく失当といわなければならない。
よつて、被告委員会の本件裁決に、審理不尽・事実誤認があるとする原告の右主張は採用することができない。
三 まとめ
そこで、前記一の2、3の説示にしたがい、市農協の昭和五六、同五七年度における貯金残高の総額に占める綾瀬市の貯金残高の比率、貸付残高の総額に占める綾瀬市に対する貸付残高の比率を算定すると、それぞれ別表第1記載のとおりであり(小数点第三位以下四捨五入。以下同じ)、同じく市農協の右各年度における信用事業の取扱業務高の総額に占める綾瀬市に対する取扱業務高の比率を算定すると、別表第2記載のとおりであるから、その比率は三・三五パーセントないし一一・八七パーセント(平均値は七・五五パーセント)であつて、これに市農協の右各年度における信用事業以外の業務量を併せ考慮すれば、市農協の右各年度における全業務量に占める綾瀬市に対する請負業務量の比率は、さらに低下することとなる。
よつて、これら諸点を総合考察すると、市農協の昭和五六、同五七年度における綾瀬市に対する請負業務が、市農協の右各年度における全業務の主要部分を占めるということはできないから、市農協は自治法九二条の二所定の「主として同一の行為をする法人」に該当しないというべきである。他に右に該当すると認むべき証拠は存しない。
第三 以上の次第であつて、本件選挙における当選人渡井正見は、当選の告知を受けた当時、市農協の代表理事であつたものであるが、市農協は自治法九二条の二所定の「主として同一の行為をする法人」にあたらないのであるから、同条の二及び公選法一〇四条の適用によりその当選を失つたと主張する原告の審査申立てを棄却した被告の本件裁決に違法はない。
よつて、原告の請求は理由がないのでこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 後藤静思 尾方滋 橋本和夫)
別表第1 貯金残高及び貸付残高による請負比率の算定
(単位 円)
区分
総額(A)
綾瀬市に対する額(B)
比率(B/A)
貯金残高
昭和56年度
19,833,680,222
664,237,731
3.35%
昭和57年度
21,234,742,730
1,212,339,840
5.71%
貸付残高
昭和56年度
9,633,298,035
388,973,441
4.04%
昭和57年度
9,595,567,050
392,397,376
4.09%
別表第2 取扱業務高による請負比率の算定
(単位 円)
年度別
借方
貸方
総額(A)
綾瀬市に
対する額(B)
比率(B/A)
総額(A)
綾瀬市に
対する額(B)
比率(B/A)
昭和56年度
121,408,065,586
13,534,374,083
11.15%
131,608,447,773
12,857,501,332
9.77%
昭和57年度
122,746,686,618
14,564,928,694
11.87%
134,385,862,298
13,972,533,882
10.40%
別表第3 綾瀬市との請負以外の市農協の業務
(単位 円)
事業名
収益額
昭和56年度
昭和57年度
ア 共済事業
95,067,226
111,844,521
イ 購買事業
2,669,135,532
2,493,791,511
ウ 販売事業
1,613,883,222
1,623,940,079
エ 農住事業
10,227,160
8,709,276
オ 集落群育成事業
6,632,620
6,163,337
カ 営農指導事業
6,189,509
6,199,081